需給調整市場では2021年度の開設以来、一次調整力を中心に調達未達と価格高騰が繰り返し発生してきました。こうした状況への対応策として、一般送配電事業者(TSO)が揚水発電機と直接契約を結んで調整力を確保する随意契約(揚水随契)が認められ、2024年度から段階的に導入が進んでいます。
2024年度の中部エリアを皮切りに、2025年10月の東京エリアへの適用で現在は5エリアで運用中です。市場調達の半額以下というコスト実績が報告されている一方、「随契は市場を縮小させる」という懸念も根強く、制度設計・監視専門会合での議論は2026年2月時点でも続いています。この記事では、揚水随契の位置づけから各エリアへの導入経緯、そして現在進行中の論点までを整理します。
DENLOGこの記事のポイントです。
・揚水随契は市場外での調整力調達手段として制度的に認められた仕組み
・2024年度の中部エリア先行から、2025年10月に東京エリアへ拡大。現在5エリアで運用中
・市場調達比で大幅なコスト削減効果が確認されている一方、市場縮小・投資インセンティブへの懸念も
・前日取引化との整合性が2026年度の主要論点に
揚水随意契約(揚水随契)とは何か
揚水随意契約(以下、揚水随契)とは、TSOが揚水発電機の保有事業者と競争入札を経ずに直接締結する調整力の随意契約のことです。需給調整市場(以下、需調市場)とは別ルートの調達手段で、「市場外調達」と呼ばれることもあります。
需給調整市場では、TSOが入札を公募し、売り手が提供期間・供出量・価格を入札して約定する仕組みになっています。随契はそのプロセスをとらず、TSOが特定の揚水発電機と個別に交渉して契約を結びます。市場の価格形成メカニズムを経ない分、電力・ガス取引監視等委員会(監視等委員会)が設ける制度設計・監視専門会合での事前承認と事後監視が義務付けられています。コストの透明性確保と市場への影響を最小化することが、承認の前提条件です。
導入の背景──需給調整市場での課題
2024年度から需調市場に一次・二次①・二次②の取引が拡充され、優れた調整能力を持つ揚水発電の参加が期待されました。しかし揚水発電には、BG運用のもとで市場へ参加する際の構造的な障壁がありました(第47回需給調整市場検討小委員会 資料4)。
最大の問題は並列必須要件です。一次・二次①では、供出するブロック全体を通じて供出機が常時系統に接続されている必要がありますが、揚水発電は、需要に合わせて電力が必要なときに系統並列する運用となります。常時並列するにはポンプアップに使う電力量(原資)が週間断面であらかじめ必要になりますが、スポット市場価格の変動もあり、この原資が事前には確約できない等、アセスメント違反や計画不一致のリスクを背負ってまで応札できないというのが、揚水BG運用の応札障壁の一つでした。
さらに、調整力が発動された際に最低出力以上の供給力を確保できない場合、代替電源への「電源態勢持替え」が必要になります。揚水以外の電源を持たない事業者にとって、この対応は極めて困難です。代替ΔkWをTSOが用意する、TSOが最低出力分を系統並列して持替え先も確保するといった対応策も検討されましたが、いずれも市場内取引の枠組みでは取り得ない措置であり、応急対策としてBGから切り離してTSOが直接運用する揚水随意契約が導入されました。
こうした経緯をふまえ、資源エネルギー庁の制度検討作業部会(第108回、2025年10月)では、市場外の調整力調達手段(余力活用電源・揚水等随意契約)を2026年度以降も並行して使っていく方向性が整理されました。随意契約はあくまでも「ポートフォリオ調達」の一要素として位置づけられ、週間商品の募集量削減・合理的な上限価格の設定と組み合わせて運用することが前提とされています。
揚水発電が随契に適している理由
応答速度と調整力としての特性
揚水発電は、上池の水を下池へ放流して発電します。発電開始から一定の出力に達するまでの時間が短く、一次・二次調整力など高速応答が求められる商品との相性が良い電源です。GF(ガバナフリー)運転・LFC(負荷周波数制御)への対応実績がある機器も多く、系統運用の現場では長年にわたって主力の調整力リソースとして活用されてきました。
BG運用とTSO運用の違い
BG運用のもとで揚水が市場に参加する場合、ポンプアップ原資の不確実性・並列必須要件への対応コスト・電源態勢持替えのリスクが入札価格にそのまま上乗せされます。リスクを取って応札しようとすると高い価格を付けざるを得ず、場合によってはアセスメント違反や計画不一致のリスクを背負ってまで応札できないという状況に陥ります。
随契(TSO運用)ではTSOがkWhの運用主体となり、系統並列の管理もポンプアップ原資の手当もTSO側が担います。BG側が抱えていたリスクがまるごとTSOに移転されるため、電源側から見れば低いコストでも安定した収入が得られる契約になります。



揚水発電機は、系統に並列するタイミングが実需給の需要によって決まることが多く、需給調整市場では応札した時間帯に揚水が常時並列していることが求められますが、これは揚水の運用実態と相性が非常に悪いのが実情だと思います。
随意契約(TSO運用)に切り替えることで、需要に沿ったタイミングで揚水を系統に並列させることが可能になり、並列したそのタイミングで調整力を効果的に活用できるようになっていると期待されます。
コスト比較
第17回・第18回制度設計・監視専門会合(2026年1〜2月)でのTSO報告によれば、中部エリアの場合、随契前の需調市場での揚水単価は3〜6円/ΔkW・h程度だったのに対し、随契単価は数十銭〜3円/ΔkW・hと大幅に低い水準です。東北エリアでも、BG運用からTSO運用に移行することで単価が大きく引き下がったと報告されています。
この価格差は「同じ揚水機でも、運用の主体・方法によって提供コストは大きく変わる」ことをよく示しています。市場入札では不確実性のリスク分が価格に上乗せされますが、随契ではそのリスクをTSOが引き受けるため、電源側から見れば低価格でも安定した収入が得られる契約になります。
各エリアへの導入経緯
揚水随契の導入には、エリアごとに制度設計・監視専門会合での審議・承認が必要です。2024年度の中部エリアから始まり、2025年10月の東京エリアへの適用で5エリアへと広がりました。
| エリア | 承認回(制度設計・監視専門会合) | 運用開始時期 |
|---|---|---|
| 中部 | 第3回(2024年11月)・第5回(2025年1月) | 2024年度(先行) |
| 東北 | 第7回(2025年3月) | 2025年4月〜 |
| 北海道 | 第10回(2025年6月) | 2025年7月〜 |
| 関西 | 第10回(2025年6月) | 2025年7月〜 |
| 東京 | 第12回(2025年8月) | 2025年10月〜 |
各エリアは固有の市場状況をもとに順次申請し、揚水機の台数・一次調整力の調達状況・コスト水準といったエリアごとの事情をふまえて個別に審議・承認されてきました。
2025年度の運用状況──各TSOの評価
第17回制度設計・監視専門会合(2026年1月30日)では、各TSOから2025年度の運用実績が報告されました。共通する評価は大きく3点です。
①安定調達への寄与:揚水随契によって安定的な調整力の確保が実現できており、特に一次・二次調整力など高速商品での供出実績が高く評価されています。
②コスト面での優位性:随契単価は市場調達と比べて大幅に低く、ポートフォリオ調達(市場+随契の組み合わせ)によって全体コストが削減できているとの報告がありました。
③市場参加機会の抑制は限定的:多くのエリアでは一次調整力の調達未達が依然として残っており、随契によって揚水機が市場から外れることで市場参加機会が「過度に抑制されている」状況ではないという見解が示されました。
これらをふまえ、各TSOは2026年度以降も揚水随契を継続し、ポートフォリオ調達の枠組みを維持したいとの意向を表明しています。
随意契約をめぐる議論
TSOが継続を主張する理由
第17回・第18回専門会合でのTSOの立場は「ポートフォリオ調達によるコスト・安定性の両立」に集約されます。
①揚水随契が安定的な調整力確保に寄与していること
②ポートフォリオ調達により総合的な調達コストが安価に抑えられていること
③多くのエリアでは一次調整力の未達が残っており市場参加の機会が過度に抑制されているわけではないこと
以上の3点が共通の主張です(第18回 参考2)。
前日取引化(2026年度から)についても、入札タイミングがスポット市場後になることで揚水がスポット市場に取り込まれ、調整力として残る量が減少するリスクを各TSOは指摘しており、前日取引化によって自動的に問題が解決するとは見ていません。
委員からの懸念
専門会合の委員からは、随契継続に対して複数の角度から懸念が示されています。
募集量の縮小:随契では各エリアの契約容量に相当するΔkW分が週間商品の募集量から控除される仕組みになっています。5エリアへの拡大とともに、需調市場全体の募集量が随契以前と比べて絞り込まれており、市場規模の縮小につながっているという指摘があります。
市場縮小・投資インセンティブへの懸念:随契によって揚水機が市場から外れると、需調市場の供給サイドが縮小し、価格形成機能が損なわれます。系統用蓄電池など新規参入事業者にとっての市場機会も狭まり、長期的な投資インセンティブを損なうという指摘もあります。
合理性・透明性の確保:コストが低いという実績は認めつつ、「安いからといって随契とすべきではない。継続するなら技術的要因など合理性・必要性の説明が必要」との立場も示されました。
年間契約と市場の柔軟性のずれ:需調市場のTFで「週間商品の募集量削減」の方針が年度途中に変更された場合でも、年間契約の随契が残っていると実質的な市場からの控除量が変わらず、柔軟な対応が難しくなるという懸念も出ました。
前日取引化との関係──最大の論点
2026年度からの前日取引化は、揚水随契の議論においても避けられない論点です。複数の委員が「前日取引化によって揚水が需調市場に参加しやすくなるのであれば、随契ではなく市場供出を促すべき」という立場をとりました。
これに対してTSO側は、前日取引では入札タイミングがスポット市場後になるため、揚水がスポット市場に先に取り込まれてしまい、調整力として残る量が減るリスクがあると反論しました。「余力電力が全量スポット市場に応札されてしまう懸念がある」とも述べており、前日取引化で自動的に揚水の市場参加が進むとは言えないという認識です。
一方で、「一定の長期契約で調整力を調達することは市場メカニズムに反しない」「現状はコスト差が圧倒的で、随契によって市場からより低コストのものが調達できなくなっているわけではない」という立場も示されており、単純な二項対立ではありません。実態に即した定量的な評価が求められている局面です。
2026年度以降の方向性
制度検討作業部会(第108回、2025年10月)では、2026年度以降も市場外の調整力調達手段(余力活用電源・揚水等随意契約)を活用しながら、週間商品の募集量削減と合理的な上限価格の設定を組み合わせていく方向性が示されています。つまり随契の廃止ではなく、「随契+市場の組み合わせを整理・最適化する」という路線です。
第18回制度設計・監視専門会合(2026年2月20日)では、TSOによる報告に加え、蓄電池事業者・揚水供給事業者からのヒアリングも実施されました。「蓄電池が揚水と同程度の低コストで調整力を提供できるなら、随契の門戸を揚水だけに限定すべきではない」という視点も出ており、随契対象電源の拡大・見直しが今後の論点になりえます。
揚水随契の問題は「市場か随契か」という二択ではなく、前日取引化・広域調達・同時市場への移行議論とも複雑に絡み合っています。制度の動向を追ううえで、随契という切り口は今後も重要な参照軸になるはずです。
まとめ
揚水随意契約は、需給調整市場での調達難・コスト高騰への対応策として認められた市場外調達の仕組みです。2024年度の中部エリアを皮切りに、2025年10月の東京エリア適用で5エリアへと拡大し、各TSOからはコスト削減・安定調達への貢献が報告されています。
一方で、市場縮小・投資インセンティブへの懸念と、前日取引化との整合性という論点が残っており、専門会合での議論は現在進行中です。随契が認められた背景には需調市場の構造的な課題があります。制度改革の動向をウォッチする際の背景知識として、この経緯を頭に入れておくと、日々の議論が追いやすくなると思います。



揚水随契の議論は、需給調整市場・前日取引化・同時市場と密接につながっています。個別の制度改革を理解する際の文脈として、ぜひこの記事を参照してみてください。
※本記事の情報は作成時点のものです。制度は今後変更される可能性があります。最新の情報は電力広域的運営推進機関(OCCTO)または経済産業省の公表資料をご確認ください。









